上皇とは

  • 令和になって天皇陛下は上皇になるって聞いたけど、上皇って歴史上たくさんいたって本当?
  • 上皇って何の仕事をする人なの?
  • 上皇は200年ぶりって聞いたけれど、過去にもいたの?

2019年5月1日、これまでの天皇陛下は「上皇」となりました。

ですが、現代では平成までずっとなかったお立場なので、「上皇ってそもそも何?」と思った人は多いでしょう。

(ひょっとしたら天皇とどっちが偉いの?という風に思われた方もいらっしゃるかも知れません)

ごく簡単にいえば、上皇とは「退位した後の天皇」を指す言葉ですが、一体どんな立場なのか、歴史的な背景を見ながらもう少しくわしく見ていきましょう。

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上皇とは?歴史上の意味をわかりやすく解説!

上皇とは、ずばり「退位した天皇」のことです。

明治時代以降になって以降は、「退位」ということが行われてきていませんから私たちにはなじみがうすい言葉ですが、それ以前(江戸時代以前)には天皇が退位して上皇となることはごく普通のことでした。

明治以降の法律では、「天皇はお亡くなりになるまで天皇」というのが原則でしたが、現在の上皇が退位のご意思を示されたことから、特別に「上皇」というお立場が作られたのでした。

「上皇」となられる人が出るのは200年ぶりのことであり、生前に自ら野越氏によって退位する前例が作られたことは、今後の天皇の皇位継承に大きな影響を与えることになるでしょう。

ちなみに、天皇の退位に対応して、上皇の奥様(つまり元皇后の美智子さま)は「上皇后」と呼ばれるようになります。

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上皇の仕事は?歴史上はどんなことをした上皇がいるの?

上皇となられた陛下は、今後は公的なお仕事はいっさい行なわれないというのが宮内庁の説明です。

昔の上皇も、公のお仕事はしない方が多数でした。

お屋敷にこもって、和歌のようなお好きなことの勉学に励まれていたのです。

このようなプライベート重視は、現在の上皇も同じでしょう。

ただし、昔は上皇になったのに引き続き政治を行う方もいらっしゃいました。

それどころか、上皇になった後に、あらためて天皇に返り咲くことも!

しかし、それはあくまでも「江戸時代までの上皇」がそうだったわけで、現在の上皇とは違います。

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上皇は今後はどこに住む?

現在の上皇は、赤坂御用地の「東宮御所」という場所にお住まいになります。

とはいっても、皇居からいきなり東宮御所に移られるわけではありません。

まず皇居から高輪皇族邸に移られた後、東宮御所にお引っこしするのです。

この東宮御所は、令和の天皇陛下が皇太子であった時のお住まいでした。

つまり、上皇と天皇でお住まいを交換するということになります。

上皇は今後はどんな職務をする?

上皇はご公務と呼ばれるお仕事はされません。

基本的にお住まいでゆったりと過ごされるので、定年退職した夫婦とほとんど同じですね。

天皇時から続いているプライベートなお付き合いや、陛下がなさっているハゼの研究は続けていくこととなっています。

外出は少なくなるため、国民が上皇ご夫妻にお目にかかる機会もかなりなくなるでしょう。

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上皇への敬称について

この記事では先ほどから時折敬称で呼んでいますが、上皇と上皇后の敬称は「陛下」です。

「陛下」は上皇と天皇だけの敬称で、他の皇族の方は「殿下」が正しい敬称です。

「陛下」は一番えらい人だからこそつけられる敬称。

「殿下」は身内ではあるけれど、普段から「陛下」に直接ものを言えない立場です。

秋篠宮さまとそのお子さんである眞子さま、佳子さま、悠仁さまも「殿下」が正しい敬称となります。

天皇陛下のお子さんである愛子さまや、未来の天皇である皇太子も「殿下」。

なんだかややこしいですが、上皇と天皇は「陛下」で、皇太子を含めた他の皇族は「殿下」です。

日常ならともかく、公の場では正しく呼ばないと不敬になってしまうので注意しましょう。

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歴史上の「上皇」歴代一覧を紹介

上皇の歴代一覧


  • 持統上皇(697年)
  • 元明上皇(715年)
  • 元正上皇(724年)
  • 聖武上皇(749年)
  • 孝謙上皇(758年)
  • 光仁上皇(781年)
  • 平城上皇(809年)
  • 嵯峨上皇(823年)
  • 淳和上皇(833年)
  • 清和上皇(876年)
  • 陽成上皇(884年)
  • 宇多上皇(897年)
  • 朱雀上皇(946年)
  • 冷泉上皇(969年)
  • 円融上皇(984年)
  • 花山上皇(987年)
  • 一条上皇(1011年)
  • 三条上皇(1016年)
  • 後朱雀上皇(1045年)
  • 後三条上皇(1073年)
  • 白河上皇(1087年)
  • 鳥羽上皇(1123年)
  • 崇徳上皇(1142年)
  • 後白河上皇(1158年)
  • 二条上皇(1165年)
  • 六条上皇(1168年)
  • 高倉上皇(1180年)
  • 後鳥羽上皇(1198年)
  • 土御門上皇(1210年)
  • 順徳上皇(1221年)
  • 後高倉院(1221年)
  • 後堀河上皇(1232年)
  • 後嵯峨上皇(1246年)
  • 後深草上皇(1260年)
  • 亀山上皇(1274年)
  • 後宇多上皇(1287年)
  • 伏見上皇(1298年)
  • 後伏見上皇(1301年)
  • 花園上皇(1318年)
  • 後醍醐上皇(1336年)
  • 長慶上皇(1383年)
  • 後亀山上皇(1392年)
  • 光厳上皇(1334年)
  • 光明上皇(1348年)
  • 崇光上皇(1351年)
  • 後光厳上皇(1371年)
  • 後円融上皇(1382年)
  • 後小松上皇(1412年)
  • 後崇光院(1448年)
  • 後花園上皇(1464年)
  • 正親町上皇(1586年)
  • 陽光院(1588年以前)
  • 後陽成上皇(1611年)
  • 後水尾上皇(1629年)
  • 明正上皇(1643年)
  • 後西上皇(1663年)
  • 霊元上皇(1687年)
  • 東山上皇(1709年)
  • 中御門上皇(1735年)
  • 桜町上皇(1747年)
  • 後桜町上皇(1771年)
  • 光格上皇(1817年)
  • 慶光院(1884年)
  • 上皇明仁(2019年)

()内は上皇になった年=つまり天皇を退位した年です。

実は、江戸時代まで上皇がいらっしゃるのは当たり前のことでした。

天皇の生前退位は、本来は普通のことなのです。

ただし江戸時代までの上皇は「太上天皇」の略でした。

現在の陛下は「上皇」が正式名称なので、まったく別のものです。

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「院」ってなに?

また、後白河院など、「院」という敬称をつけて呼ばれる上皇がいるのに気づかれた方もいらっしゃるでしょう。

この院というのは、上皇になった後も政治を行った方に贈られる名前です。

上皇が政治を行うことを「院政」と呼びます。

上皇と法皇はどう違う?

退位した天皇は上皇の他、法皇になる方もいらっしゃいました。

法皇とは、「出家した上皇」のことです。

「出家」とは、世間から離れて仏教の修行をすることですね。

↓歴史上、法皇となった上皇には以下のような人たちがいます。

「法皇」となった上皇一覧


  • 宇多法皇
  • 白河法皇
  • 鳥羽法皇
  • 後白河法皇
  • 花山法皇
  • 霊元法皇

ここでは出家後も院政を行ったりした、有名な法皇を上げています。

最後の法皇は、江戸時代の霊元法皇です。

江戸時代までの上皇が「太上天皇」の略だったのと同じように、法皇も「太上法皇」の略です。

ちなみに、上皇と法皇に身分の差はありません。

法皇になっても、政治(院政)を行った方もおられました。

初めて法皇になったのは、平安時代の宇多法皇でした。

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治天の君とは?その例は?

「治天の君(ちてんのきみ)」とは、院政で政治をした上皇のことです。

一番初めの「治天の君」は1086年に天皇を退位した白河上皇でした。

法皇にもなった方なので、天皇を退位した後も様々な活動をされていたのですね。

この治天の君は近世まで続きますが、南北朝時代末期(1393年)で終わります。

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何故平成は上皇がいなかったのか

昭和天皇は崩御する(亡くなる)まで天皇でしたよね。

平成までは上皇がいなかったのは何故なのでしょうか。

そこには世界的にも珍しい、上皇というお立場が特殊であることと関係があります。

二重権力にならないため

明治から上皇がいなかったのは、二重権力にならないようにするためです。

これは日本と他の国との違いを考えてみると分かります。

イギリスのようなヨーロッパでは、王様が国で一番えらい人ですよね。

この王様は、日本で言うと天皇になります。

しかし、ヨーロッパでは王様は退位するとただの国民に戻るのです。

日本は天皇を退位すると国民には戻らず、上皇という新たな位になります。

つまりえらい人のまま…。

これでは二重権力になってしまい、他の国から批判されてしまいます。

そのため、上皇はなくそうという決まりが作られたのです。

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天皇より上皇の方がえらい?

昔は、上皇は天皇よりもえらい立場という見方でした。

これも二重権力とされる原因です。

「天皇が一番えらいはずなのに、上皇の方がえらいってどういうこと?」となってしまいますね。

しかも昔は上皇が権力を握ったり、また天皇に返り咲いたり、上皇同士で権力闘争まで起こりました。

このあたりをはっきりさせるためにも、天皇は崩御するまで天皇(終身在位)ということになったのです。

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上皇がなくなったのは明治から

天皇が終身在位と決められたのは明治からになります。

つまり、明治時代から上皇はなくなったということです。

先述のように、二重権力にならないように天皇の生前退位は認めないことになりました。

その後皇室に関する法律は、「皇室典範」として昭和に決められましたが、退位のことは書かれていません。

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天皇の退位等に関する皇室典範特例法

では何故200年ぶりに上皇が誕生できたのかというと、それは「皇室典範特例法」のおかげです。

現在の陛下に限り「特別に生前退位していいですよ」という意味になります。

そして退位した天皇は、上皇になるように決められました。

これは現在の上皇である明仁さまとその妻である美智子さまだけの特別な対応です。

陛下がご自身の年齢や体調を考えて「生前退位をしたい」というご意志を示されたからでした。

そのため、今のところ現在の天皇陛下にこの特例は使えません。

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女系天皇と女性天皇の違い

女系天皇とは「母方の家が皇族の天皇」で、女性天皇とは「女性の天皇」のことです。

そのため女系天皇は、天皇自身が男性でも成り立ちます。

なんだかややこしいのでサザエさんで考えてみましょう。

磯野家が皇族なら、タラちゃんが天皇になると「女系天皇」になります。

皇族の血は母方ですから、タラちゃんは男でも「女系天皇」なのです。

日本では昔から「男系天皇」が伝統でしたが、今は男性皇族が少なくなっています。

皇室を続けるには愛子さま、眞子さま、佳子さまを含め、女系天皇や女性天皇について考える必要もあります。

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まとめ

今回は、上皇について解説しました。

令和という時代と共に再び誕生した上皇というお立場は、やはり特別なものがあります。

どのように向き合っていくべきなのか、日本国民一人一人が考えたいところですね。

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